祖父母の夢。

2010
08.07
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今年も山梨県の小淵沢で、10歳から22歳までの、馬術の甲子園とも言える「全日本ジュニア障害馬術大会」が開催されています。

全国の若きライダーの登竜門ともいえるお祭りみたいな大会で、未来ある若者のキラキラとした青春がつまった私の大好きな大会でもあります。

そこに、ヤングライダーとして、昨年準優勝した私の姪にあたる高橋優美選手が、那須トレーニングファーム代表として、ヤマト、やっくると言う日本を代表する馬に騎乗して頂点を目指して参加しています。

ヤマトは北京オリンピックに出場した日本にいる唯一のオリンピックホースですし、やっくるも昨年急成長してJRAホースショーのグランプリを含む大障害6連勝をした日本を代表する名馬です。

今でこそ、那須トレーニングファームにはこの様な日本で1、2位を争う馬が2頭も揃っていますが、ここにくるまではとても長い道程と物語がありました。

今回はそのお話をしたいと思います。

資産家でもなく、トヨタのセールスマンを脱サラして、自分達の体一つで、那須の山を切り開き、一代で日本有数の競技場を作り上げ、そこでオリンピック選手とインターナショナルの大障害馬を育て上げた那須トレーニングファーム創始者広田健司と、二人の夢の為に常に健司を支えて尽くしてきた妻の弘子。

二人は那須の地に移り住み、山を切り開きながら筆舌に尽くし難い苦難を乗り越え、二人で心を一つにして一心不乱に働き尽くしました。二人の、たった一つの夢の為に…

その、二人のたった一つの 夢とは……

「外国産馬に乗る事」

です。

サラリーマンの息子であった健司が初めて馬に出会ったのは明治大学馬術部で、大学卒業後埼玉国体の選手としてトヨタのサラリーマンと二足のわらじをはき、運命の馬、「三峰」にであい国体選手として活躍していましたが、三峰は県有馬でアングロアラブの小柄な牝馬でしたので中障害以上は無理でした。

国体でよい勝負をしていた同期の財力のある選手達は、自費で能力のある外国産馬を買い、大障害や国際大会に出てオリンピックにまで行って、とても健司のての届かない所に行ってしまったのです。

「ちくしょう、外国産馬を買える財力さえあれば、俺も決して負けないのに…」

健司はとても悔しい思いをし、自分の夫は日本一だと信じてやまない弘子も涙を流しました。

そして、その時の悔しさと、運命の馬三峰との死別がきっかけとなり、二人は脱サラして夢の為に死に物狂いで努力したのです。

そして1986年、ついに二人が初めてドイツ産ハノーバー種の若い外国産馬を購入しました。馬が来た時、二人は固い握手をかわしたそうです。

…その馬の名は「グランドピーク」…

三峰の「峰」から取って「ピーク」、「グランド」は、大きい。

つまり、三峰が行けなかった大きな障害、大きな夢に連れて行ってくれる馬として、「グランドピーク」と名付けられたのです。

現実に6才で日本に来たグランドピークは、その後那須トレーニングファーム初の大障害馬に成長しました。

そして、グランドピークから14年後の2000年、二人がもっていた、その夢を息子の龍馬が受け継ぎ、マンオブゴールドと言う龍馬にとっての運命の馬に導かれ、広田家の悲願であったオリンピックまで行きました。

そして今!初の外国産馬購入から24年、沢山の人の協力を受け、健司は自分の持ち馬として「理想の馬」という、2頭目のオリンピックホースとなる「ヤマト」を有する様になり、健司の親友で理解者である亀田幸雄氏が「やっくる」という日本を代表する名馬を供与して下さり、自らが果たせなかった夢を、今度は長女「峰子」の娘、健司、弘子の孫である優美に託している。

3代にわたる広田健司、弘子夫妻の執念の結晶であるヤマト、やっくるが、天才的なセンスをもっていた長女峰子の血を引く優美によって、どの様に昇華されるのか楽しみでならない。

祖父母の夢を背負い、私の姪、優美は明日、決勝でどんな夢を見せてくれるのだろうか………。

人馬一体

2010
07.17
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長年馬と一緒に過ごし、馬中心の生活を送っていると、馬と自分のシンクロニティが高まり、自分が時々馬になった様な気がして(笑)馬と自分の不思議な一致が起こったりするんです。

私が10年間連れ添って、ワールドカップを初め、世界中を一緒に回ってくれて、イタリアのCSIOローマとアメリカのCSIインディオのグランプリで準優勝、全日本大障害選手権で2連覇して、今まで一度も大きな故障をした事がない私の一番の盟友と言える「ゼロ」が、5月のJRAホースショーで右脚を故障してしまい、屈腱炎になって、彼の馬生初の長期休養に入りました。

全治は6ヶ月位だそうですが、ホースショーで多くの方々が故障したゼロを見ていて、心配して下さり、那須に帰ってからも、沢山のファンの方から「ゼロは大丈夫ですか?良くなったら会いにいきたいです」という電話、メール、お手紙を頂き、改めてゼロの人気の高さ、豊かなキャラクターを再認識して、こんな素敵な馬と巡り逢えた奇跡に感謝するのでした。

ゼロファンの皆様、ゼロは大丈夫ですので、ご安心下さい。今ではエサの時間に、痛いはずの右脚でガンガン蹴って、一番早くくれと、元気に自己主張しております(笑)

ゼロはとても明るくひょうきんで、感情表現が豊かな馬で、集中力と落ち着きがなく、常に競技会では一か八かのギャンブル的な要素があり、今まで乗せて頂いてきた馬の中で、性格や魂が一番自分に近い馬だと思います。ゼロと一緒に、沢山の試練を乗り越えて、沢山の事を教えてもらったから今の自分があります。

そんな、私の大親友とも言えるゼロが、彼の馬生の中で初めての故障、長期休養をした2010年の5月に、今まで一度も馬から落ちて大きな怪我をした事のない私が、落馬骨折してしまい、ゼロと同じ右脚の怪我で、長期休養を余儀なくされてしまいました(汗)

正に「こんなところまで人馬一体なんだな!」
とゼロと自分の縁を不思議に思うと共に、怪我をしても常に前向きで元気なゼロに力をもらい、「・・・そうだよな。俺達はつねに前に進まなくっちゃな!」と勇気と元気を奮い立たせるのでした。

今では、私より先に軽い運動を始めたゼロとどっちが先に現場復帰できるか競争です!!
私にとってはゼロを始めとしたおうまさん達は対等なパートナーであり、お互いを高めあう大切な存在だと思っています。だから、リハビリのライバルが馬(ゼロ)というのは普通の人から見たら変な事かも知れませんが、私にとっては普通の事です(笑)

「とっても高い所に行く為に、高く飛ぶ為には、一回縮まってバネに力を蓄えなければいけない」

今はその時ですが、私はいつもどんな時も上を目指して素晴らしいパートナー達と進んで行きたいと思います!

もっとパワーアップして復活する馬術界の異端児にご期待ください!!!!

那須グランドホースショーCSI1*-W NAS U

2010
06.01
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今週の6月の4、5、6に那須トレーニングファーム一年に一度のお祭り、那須グランドホースショーが開催されます!!

私は足の手術で入院しているので、遠くは北は青森から、南はなんと福岡から〓はるばる来て下さる、沢山の皆さんとお逢いできないのは残念ですが(泣)

今年も一般の方たちも楽しんで貰える様に、沢山の地元物産展や、馬具コーナー、定番のご当地那須ラーメン、体験乗馬コーナーや、イベントはわんちゃんの障害飛越アジリティーや、夜のパーティー時の人が障害を飛ぶインドアヒューマングランプリなどたのしいイベント盛りだくさんです♪

金曜日には76.4FMのレディオベリーのお笑い芸人カンカンによる公開生中継や、日曜日にはレディオベリーの顔、佐藤「ビッグイヤー」望さんが応援にきてくれます♪

もちろん競技もヨーロッパ並みのインドア競技、那須グランドホースショー名物「インドアグランプリ」や、ワールドカップ予選のCSI1*ーW.NASU等、日本トップクラスの戦いが見れます〓

このように、「那須グランドホースショー」は、競技だけでなく、出店やイベント等、正に「お祭り」ですので、皆さん今週末は那須まで是非お越し下さい!!

ああ、盛り上がる夜のパーティー時の「ヒューマングランプリ」走りたかったな…(笑)土曜日の、沢山の馬仲間が集う懇親パーティーは、僕がいない分、ほっとそうすさんの、ミツ会ばりの盛り上げ期待してます(笑)
大会プログラムも後輩のデザイナーと3日間徹夜で「日本一の馬術大会プログラムを〓」と、気合い入れて作ったので、楽しみにしていて下さい!!

グランドホースショーに行かれる日本の馬術界を明るく元気にできる皆さん、私の無念の分までグランドホースショーの盛り上げよろしくお願いいたします〓〓そして「ホースショー」をおもいっきり楽しんで下さい!!

試練の骨折

2010
05.31
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いよいよ来週には馬と供にヨーロッパに遠征し、皆様の馬仲間代表としてアメリカケンタッキーの世界選手権、アジア大会と世界でヤマト、やっくると共に大暴れしてくる予定だったのですが、なんと昨日生まれて初めて馬から落ちて足を骨折してしまいました。

足から落ちたのですが、足が変な方に曲がって、一発で骨折したとわかりました。右くるぶしの脱臼骨折で、手術が必要で全治3ヶ月だそうです。
もちろん、世界選手権、アジアの予選にすら出られず、世界は完璧アウトです。
今まで馬から落ちて骨折した事などなかったので(ポニーから落馬で膝を割った事はありますが(笑)
「何故、世界選寸前のこんな時に…!と、一時は茫然自失になりそうでしたが、私は「全ての物事には必ず意味があり、その人にとって一番良い勉強になるように起こっている」と常に思っていますので、これは、「やはりまだ今のあなたの実力では世界には届きませんよ」と言う天からの啓示かも知れません。「試練を乗り越えてもっと努力して大きくなりなさい」と。

本当に応援して支えて下さったやっくるオーナーの亀田様を始め、ヤマトオーナーの会長、メンバーの皆様や馬仲間の方達にも、本当に私の不注意でご迷惑をお掛けして、チャレンジ中断で申し訳ございませんでした。

でも、これで人生の終わりではないですし、僕の「世界でメダルをとって、日本で馬を広げる」という夢への情熱は更にメラメラ燃えていて死ぬまでチャレンジし続けます!!

とりあえず僕が海外で乗れないので、ヤマト、やっくるの飛行機はキャンセルして、年内はヤマト、やっくるは国内で再び活躍します!

夏の全日本ジュニアでは姪の優美にヤマトかやっくるでチャンピオンになってもらい、年末の全日本大障害選手権では、妻の思乃が今年のJRAホースショーグランプリ優勝のヤマト、復活した私が昨年のJRAホースショーグランプリ優勝のやっくるで、夫婦で日本一を争うジャンプオフをするかもしれません!

それからまた、世界を目指しますので、皆様、引き続き熱いご声援をお願いいたします!!

星になったにゃんこ。

2010
04.26

4月のある日、会長の愛猫であるにゃんこが突然星になりました。

まだ1歳ちょっとでしたが、会長が大阪グランプリに出張している時に、夜、クラブ前の道路をふらふらしていた所を車にはねられてしまいました。

夜もふけ、一人残ってしていたクラブの仕事もひと段落し、そろそろ帰ろうかと思う矢先、「道路に白いねこが、倒れている。」知人から、連絡を受け、いやな胸騒ぎを覚えながらも、真っ暗な道路の現場に向かってみると・・・・いやな予感は的中し、無残な姿になったにゃんこが横たわっていました。

「・・・・再びなんで、会長が大阪に行っている時に限って、こんなことが・・・。」

私の脳裏には、にゃんこともう一匹、会長がこよなく愛した猫の事がうかんでいたのでした。

・・・・会長の、初代の愛猫はにゃんたといい、白い中にうっすらと茶色い差し毛が入ったおしゃれな猫で、私の妻のしのが、友人のアパートに捨てられていたにゃんたを連れてきて、会長が始めは「捨てて来い!」と怒っていたものの、とても賢く、品のあるにゃんたの可愛さにあっさり陥落し、会長の居住地、通称「キャッスル」に唯一住む事が許された住猫となりました。

初代会長ねこ 「にゃんた」

 にゃんたはとても賢く、会長が呼ぶと「にゃーん」といって返事をし、後をついてきて、本当に犬のようで、最後には、お手と、お代りが出来る様になりました!

しかしそのにゃんたも、数年前の4月のある日、丁度会長が大阪グランプリに出張していた時に、持病の腎臓病を悪化させて、その短い猫生を終えました。

にゃんたの死を偲ぶ会長とメンバーのYさん

 そして、今再び、会長が愛したにゃんこが、会長のいない時に命を引き取りました。

にゃんたとは違うキャラクターで、とても愛嬌があり、イライラし易い会長の心を癒していたにゃんこ。数時間前までは私が仕事をしている横で丸くなっていたのですが、今はもう、冷たい亡骸になっている・・・。にゃんこの、やさしい、人の心を癒してくれるあったかい魂が、失われて、ただの肉の塊となってしまった。

もう二度と戻ってこない、にゃんこの命、魂。本当に、今日、ちょっと前まであんなに元気でじゃれていたのに・・・。

・・・本当に命と言うものは儚い。だからこそ、美しく、尊いものなんだ。だから、自分だって、周りの人や、馬や、全ての命が、明日はどうなるかなんて本当に分からない。だから、後悔の無い様に毎日、その瞬間を、一生懸命生きなくちゃいけないんだ。本当に、こうして命が、魂が存在している事が、奇跡なんだ。「一期一会」。いつも当たり前になっている人や、馬達にもっともっと、感謝しなければいけない・・・・。自分がこう生かさせて頂いている事、支えてくれた、全ての命の為に精一杯生き切らなければいけない事、当たり前の事だけど、どこかで忘れてしまっていた大事な事を、にゃんこの死が、体験を通じて、教えてくれました。

翌日の早朝クラブのみんなでにゃんこを会長の「キャッスル」の脇にあるにゃんたのお墓の横に埋めました。

「にゃんこ、ありがとうな。たった1年ちょいの命だったかもしれないれど、お前のおかげで沢山の人の心に灯火が点ったよ。お前の命の分まで、頑張って生きるからな。」

・・・沢山の人や馬や動物との出逢いと別れを繰り返し、私は今の現世の中で生かされている意味を考え、今、ここに生かされている奇跡を感謝して、今日も一日元気に生きていこうと思います!

・・・そう、にゃんこの命の分まで!

沢山の星になった命たちの、現在まで世の中を必死に作り上げてくださった先人達や、尊い命達の、命のリレーのバトンを引き継ぐ、「いま・現在」代表として!!

今日も一日、ガンダム、いきまーす!!!!!

命の価値と無限の可能性

2010
03.30

今月始めに昔から親交のある栗東の松田国英調教師から「フサイチギガダイヤ」の調教を依頼していただきました。

世界の名血のプリンスです。

「フサイチギガダイヤ」は父親にストームキャット、母父にミスタープロスペクターという競馬ファンなら誰もが知る「世界的」超良血で、アメリカのセリで約4億円の値段がついたお馬さんだそうです。

血統的にも、種馬にしたいとのことで、何とか私たちもコミュニケーションをとって、よりよい馬生をおくって貰える様にお手伝いさせて頂ければと願っています。

昔から沢山の競走馬をお預かりしていますが、いつも思うのは、何億円の馬だろうと、未勝利の馬だろうと、私は同じ一つの命だと思っています。

だから、高馬やオープン馬だからとえこひいきしたり、未勝利や血統が良くない馬をぞんざいに扱ったりせず、みんな同じ命として、自分のできるベストを尽くさせて貰います。

今までに沢山の競走馬に出逢いましたが、中でも特に印象深いのが

        「ビクトリーアップ」        と言うお馬さんです。

ビクトリーアップは平地競走未勝利で、当ファームに来て、障害調教をした訳ですが、気性が激しく、障害を飛ぶ度に尻跳ねをして、私も、場長も、副場長も、全員落とされた記憶があります(笑)

みんなが落とされて、平場では未勝利だったので、「そんなに元気があって跳ねるなら未勝利の一つでも勝ってみやがれ!!」と副場長が怒っていたのを覚えています。

でも、競走馬トレーニングスタッフが一丸となって彼を落ち着かせ、コミュニケーションを取って人間との信頼関係を作り、遂に障害調教課程を修了し、美浦トレセンの吉永正人厩舎に帰厩しました。そして、なんと平地競走で1勝もできなかった「きかず屋の暴れん坊」の馬が、障害レースでは頭角を現して、あれよ、あれよという間に障害レースの最高峰、「中山大障害」に優勝したのです!!

「命ある馬の価値は値段や成績で決まるものではない。命ある馬には無限の可能性が秘められている」

その事を、私はビクトリーアップに教わりました。

馬も、人も、それぞれ得手、不得手な事があり、完全な人や馬はいません。 競走馬でも遅い馬もいますし、誰もがチャンピオンになれる訳ではありません。 だから、私はもし、競走馬として走らなくても、乗馬として活躍できるよう障害調教や平地のフラットワークを一生懸命やっています。 現に、沢山の那須の卒業馬が、引退後、乗馬として活躍中で、よく指導員の方から「良く調教されているからあまりする事がないですよ」とお褒めの言葉を頂きます。

私はオープン馬よりも、どちらかというと未勝利の馬をじっくり調教するのが好きです。 オープン馬はやはり大切にされていて手を掛けられていて、馬体もピカピカの馬が多いですが、未勝利馬は少なからず問題を抱えている馬が沢山いて、中にはあまり手を掛けてもらっていない馬もいます。 だからこそ、その馬とじっくり向き合って、その馬の問題を一つ一つ丁寧に解決してあげられれば、その馬は驚くほど変わり、良くなって良い成績を上げてくれる事があるのです。 ・・・そう、ビクトリーアップのように・・・。

私は人生を馬に支えられてきて、多くの感動をもらいましたので、一頭でも多くの馬に幸せな馬生を送ってもらいたい。そう心を込めて調教させて頂いています。 それが、今の僕にできる唯一の馬への恩返しだと思うからです。

私は、人との巡り逢いだけでなく、馬との巡り逢いでも沢山の感動をもらい、人生が豊かになっていますので、人生を2倍得しているように感じています。

今日もその事を胸に、沢山のお馬さんとの素晴らしいダンスの時間を頑張ります!!

親子で勝ち取った優勝・日本一

2010
03.11

ヤッター!4回目の親子で日本一!!
県体協の表彰をうけ、会長のにゃんこも一緒にお祝い

2008年度の全日本大障害選手権の優勝の県体協の表彰があって、盾と賞状を頂きました!!2008年度は、10年間コンビを組んだゼロとの最後の大障害で、父である会長がトレーナーとして一生懸命下乗りしてくれて、僕は余裕を持ってコースの下見をすることができ(よく経路違反をするので(汗)、落ち着いて競技することができて、ゼロの大障害ラストランを優勝で有終の美を飾ることができました。

全日本2007、2008連覇のゼロ

 親子でつかんだ4回目の日本一で、本当に私は、会長の、裸一貫で今の那須トレーニングファームを作り上げた、トヨペットのセールスマンから脱サラして、自らの情熱だけで息子である私を夢であったオリンピック選手にまで育ててくれた、広田健司という馬馬鹿だけでない不世出の天才の息子でよかったと心から感謝しています。

馬バカ3代:父・健司、息子・龍馬、孫・優美

そして昨年も全日本選手権で、孫である高橋優美が乗れるようにパワーのあるやっくるに完璧な調整をして、初日の全日本大障害標準障害で、並み居る日本のトッププロや大人を抑えて、17歳の小柄な女子高生が優勝し、日本の頂点に立たせたのは、神業でしかないと思いました。やっくるはパワーがある馬なので、普段は優美が引きずり倒されて、コースなどまともに帰れない位なのですが、会長が調整すると、本当に乗りやすくなるんです!!この点では私はまだまだ会長にかないませんし、会長は今年67歳になりますが、今でも「上手くなっている」というのです。

お酒大好きで、超酔っ払いで、私と喧嘩も良くしますが(笑)、こんなカッコいい最高の酔っ払い親父を持つことができて、私は本当に幸せです!!

3代目大和と2007年国体優勝の表彰式で

私が父にして頂いたこと、教えて貰った事を、息子の大和や、沢山の将来ある若者に伝えていき、より良い未来をつくり、いつか「あ、あのアホを育てといて良かったな、少しはこの世の中のお役に立てたかな」と思って頂ける様に、恩返ししたいと思います。 

はるか昔の想いで。今は大和に・・歴史は繰り返す・・。

 家族でできる、「馬」。「馬」が家族。本当に、うちの父が運命の馬、三峰に巡り逢ってくれてよかったなー。これが運命なんだなー。三峰、ありがとう。と、四つ目の日本一の盾と、日本一の酔っ払い親父を見て、しみじみと想う今日この頃なのでした。

ゴールドのイヤーネット。

2010
02.27

馬術界の坂口憲二ことつま恋乗馬クラブのイケメンインストラクター梅田さんの奥さんが、素敵なイヤーネットを作っていて、いくつか注文したら、私用に特別に作ってくれてプレゼントしてくれました!!

龍馬ってのはちょっと恥かしいんですが(汗)、耳のところに刺繍して頂いた、「Forever Man of  Gold」の文字に思わず涙ぐんでしまいました・・・・。

ゴールドが逝ってから今年で早3年。今でも僕の中で一番大きな存在で、僕の中に生き続けていて、常にはっぱをかけてくれる偉大な魂。

僕はいつも、自分の中に今まで乗せて頂いた全てのお馬さんの感覚が自分の中で生きていることを感じます。だから、新しいお馬さんに乗せて頂いた時も、自分の中で生きている沢山のお馬さんの感覚が瞬時に考えずとも甦り、「あ、この子はあの馬とあの馬に似ていて、あの馬の良いところと、あの馬の難しさを持っているんだ」と自然に対応できるようになってきています。

だから、私はいつも競技に入る時には、今までお世話になった何千頭というお馬さんが私の後ろについていてくれる感じがするので、全く怖くないのです。

「天国で見ていてくれてるかい?ゴールド。俺は、アホな事しながらも、おまえが教えてくれた本物の美しい世界を探求して広めるために、頑張っているよ・・・。」

いつも私はふと、空を見上げて、星になった馬達に語りかけます。

「馬の命が、感覚が、教えてくれた事が、魂が、自分の中で生きている。」

そんな素敵なパートナーと巡り逢えるこの馬術をやっている幸せを、心から感じるのでした。

夢のチカラ。

2010
02.18

先日久しぶりにモモタローが汚ギャルンとはるばる那須に遊びに来てくれました。

モモタロとユニコ

モモタローは以前メンバーで、全日本ジュニアチルドレン選手権に一緒に猛特訓して出場した熱心な馬大好きっ子で、全日本ジュニア強化合宿では、特訓のあまりの激しさに鼻血をふいて倒れてしまったのも今となっては良い想い出です(汗)

でも、モモタローの凄いところは、自分の夢に向かって、いつも真直ぐな所。自分と夢をを信じ切る所。

全日本ジュニアの時だって、みんなに「無理だ」と言われながらも、その高さをまともに飛んだことの無い馬でジュニアの権利を取ったし、「ジョッキーになる」と言った時だって、みんなから「無理だ」と言われても、自分の夢に必死になって努力して、見事にJRAの騎手過程に7年ぶりに女子として合格した時には、私は衝撃と共に深い感動に包まれました。「何事も、本気になって情熱を持ち続けて努力すれば、夢は叶うんだ!」と。「夢が叶わないのは、情熱が足りなく、本気じゃないからすぐにあきらめてしまうからだ。叶うまで創意工夫を凝らし、自分ひとりでは決して叶えられない夢でも、本気の情熱を持って、みんなが応援してくれる様になれば必ず叶う」と、モモタローに教わりました。

その時の模様がさんまのあんたの夢をかなえたろかSPで、モモタロが合格した時に号泣しながら、お母さんに「必ず恩返しするから」という言葉を聞いて再び胸が熱くなりました。今バンクーバーオリンピックが開催されていますが、自分の為だけでなく、応援して下さっている皆さんの分まで努力する事が、無理だと思う自分の限界を超え、みんなの為に更にがんばる事が、人体に眠る、超人的なアスリートの力を引き出し、その人を輝かせるのだと思いました。

夢に向かう未来のジョッキー

今モモタローは新たな試練に直面していますが、彼女なら必ず乗り越えてくれる事と信じています。そして、私も、そのようにキラキラ輝いている若者達に負けない様に、自分に鞭を入れ、更に夢に向かって頑張りたいと思います!!大いなる「夢」の力を信じて!

アホ同志

2010
02.16

バレンタインのチョコのうまでーす!!

先日、私が「ツボ☆ライダー」に変身するきっかけを作ってくれた、馬術界のアホ仲間の1人、S氏が夜訪ねてきてくれました。

S氏も私も、境遇は違えど、「何とか日本の馬術界を、明るく元気にしたい!!」という想いだけで、人生突っ走ってる、最高にアホな仲間だと思っています(笑)

家庭も顧みず(S氏の美しい奥様、私の細君もこんなアホ共と一緒になってしまい、ご愁傷様でした(笑)、社会的安定などまったく求めず、ただ夢と希望と勇気だけを頼りに突っ走る危ういアホ達ですが、頑張って、いつかお世話になった馬達や、馬術界の皆様に恩返しができる様に、一緒になって夢を語る瞬間が、僕は最高に好きです。

鞍もチョコに!!

S氏は頑張っている日本の馬術家達を、もっと取り上げてメジャーな世界にしたいと裸一貫でこんなに儲からないアホな世界に身を投じた、僕以上に最高にアホな人だと思って、半ば呆れて、半ば尊敬しています(笑)でも、安定ばかりを求め、何の為に生きているのか、人生の意味を見失いがちな昨今、こんなアホな奴等がいても面白いじゃないかと思っています。

そして、S氏を始め、同じ時代に同じ夢を持ち、一緒に刺激し合え、高め合える仲間がいる事は最高に幸せだとS氏とアホアホディナーをして再確認しました!!

これからもお互い頑張りましょう!!苦難は必ず後で笑い話になりますよ!!

甘ーい夢に向かって地獄へジャーンプ!!(笑)